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映画「剣岳点の記」を観て思う
This is my site Written by iwasaki on 2010/08/11 – 09:40

昨年放映された「剣岳点の記」は新田次郎の同名の著書の映画化であり、すぐに観に行こうと思いつつ、見逃してしまったものである。その映画がテレビ放映されたので、早速ビデオ録画して、先日の日曜日に夫婦で夕食ビール付きで自宅観賞会を催した。
時代は明治、陸軍の地理測量隊が最後の未測量地「剣岳」に挑む物語である。当時、日本にも山岳会活動が始まり、同じく剣岳初登頂を目指しているとの報道を聞き及んで、陸軍首脳は測量隊に、民間人に絶対先を越されるなと厳命し、そこから、測量が主目的なのに、剣岳初登頂が目的視されての苦悩に満ちた活動が開始された。
そしてついに登頂を成し遂げたにもかかわらず、頂上には修験者が1000年以上前に登った痕跡が見つかり、軍からはその登頂栄誉を評価しないとの伝言が届いた時に、測量隊リーダーが「何を為したかよりも何のために為したかが大事だ」と語る言葉が心に響いてきた。
舞台になった富山県の剣岳はザイルやハーケンを使わない通常登山道では最も厳しい山であり、年に何名かが滑落事故を起こしている。我が登山倶楽部でも数年前に2泊3日で出かけ、前後の2日は雨や雷に遭ったが本番日当日は好天に恵まれて、2998Mを登頂できた思い出の山のひとつだ。
この映画は全て現地ロケを行ったと聞いて、各場面を食い入るように見ていると、自分たちで歩いた場所があちこちに出てきた。稜線を歩いて岩壁にぶつかる場面は今ではカニのタテバイと呼ばれる登山道の難所であり、案内人の名からとった長次郎谷(たにをたんと呼ぶ)を、これが測量隊が登った谷だと見下ろしていたものだ。
組織エゴを現場の誠実な実践者に押し付ける悪行は明治も現代も変わらないが、実践行動こそが地図を作り、登山道を開き、歴史を作っていることを新田次郎氏は我々に訴えているのだと思う。

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