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弔事への思い
This is my site Written by iwasaki on 2010/11/04 – 10:09

人事を担当していた当時は従業員のお葬式に会社を代表して参列することが多々あったので、弔電や弔事の書き方には相当うるさくなった。妻も同じように文章にうるさく、弔電はまかせてね、と胸を張っている。
先日、田舎の親戚の弔事があったが、留守中で参列できなかったので妻が心を込めて弔電を打ってくれた。帰宅すると母親から「打ってくれた弔電が最初に披露されて非常によかったよ」との電話があったので、お線香を上げられなかった非礼を少しでもカバーできたかな、と胸をなでおろした。
お祝いごとも大事だが人生の最後を盛大に送り出したいとお葬式が大掛かりになっていたが、最近は身内だけのファミリー葬が増えてきたそうだ。野辺の送りは親族と親しい友人だけでいいのではないか。特に、仕事関係の義理での参列は心から悲しんでいないだけに不要だという思いが強い。
日本人の死への思いが大きく変わってきたとのアンケート結果を読んだ。延命治療は80%以上の人が不要だという。お葬式も身内だけ、お墓もいらない、となると、それらにかかわった仕事やビジネスも大きく変質していくのだろう。
しかし、死という冷厳な事実があるからこそ、生=今を価値あるものにする、ことは今までもこれからも変わることはない。還暦を過ぎて老を痛感することが多くなってきたが、価値ある生き方を求め続ける1年を積み重ねていきたいと思う昨今である。

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